【コラム】『ロマンとそろばん』~ソフト会社CEOの独り言~

第3回 それは「いつやるか? 今でしょ!」 2014年1月22日配信

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年末4つの流行語大賞が選ばれたが、中でも自分なりに一番印象に残っているのは林修先生の「いつやるか? 今でしょ!」だ。

この「いつやるか? 今でしょ!」とは選択を実行するタイミングのことである。しかし、人生の岐路に立つぐらい大きな決断になると、長い人生の中でも数える程しかないのではないか。私自身これまでの60数年間の人生を振り返ってみても、せいぜい、奥さんに結婚を申し込んだとき、資金もないのに無理して30年ローンでマンションの購入を決めたとき、インターコムを創業するため10年間勤めた会社を辞めることを決意したときぐらいだ。

今回は、その中でも自分の人生が一変するほど大きな転機となったインターコムを創業するまでの経緯を振り返り、林先生の名言を考察してみたい。

前の会社を辞めるきっかけはいくつもあったが、主にこんな理由からだ。

この会社はミニコン向けのソフトメーカーだったが、歳月の経過とともに徐々にSIerに移行し、最後はマイクロプロセッサを組み込んだミニコンを自社で商品化するハードメーカーへと業態を変えていった。私はここでソフトエンジニアとして働いていた。

あるときNHKから統一地方選挙に合わせて「選挙速報システム」を開発する仕事を依頼され、自分がプロジェクトリーダーに任命された。投票データを全国に散在するローカル局から渋谷の大型コンピューターIBM System/360にオンラインで集計し、そのデータを放送局にあるミニコンに送って選挙速報装置に表示させるというものだ。

ラッキーだったのは、この仕事を通して私はIBMの通信テクノロジーをかなり長い期間体得できた。その後、この経験を買われてコンピューター間ネットワークの「DECnet」やIBMメインフレームとミニコンを接続する通信ソフトの開発にも多く携わることができた。このNHKでの通信テクノロジーとの出会いこそがインターコムを創業する動機となり、その後通信ソフトメーカーとして生きていく原動力となった。

自分の中で忘れもしない事件が起きたのは、1980年(たぶん?)晴海で開催されたビジネスショウだ。ある展示ブースに大勢の人だかり。覗いてみるとそこでは沖電気が業界に先駆けて「if800 model20」というパソコンを大々的に発表していた。生まれて初めて見たパソコンだ。CPU、キーボード、FDD 2基、グラッフィックディスプレイ、カラープリンタを標準装備して、価格は約100万円と驚異的な価格だった。今では信じられないと思うがとにかく安かった。なぜ100万円が驚異的だったかと言うと、それまで自分が扱っていたミニコンは、処理能力は大きいが「if800 model20」とほぼ同じシステム構成で、約1000万円と10倍近い開きがあったからだ。

このパソコンのことを知ったとき、自分の身体の中で稲妻のようなショックが走ったことを今でも覚えている。「あーあっ、もう自分がやっているミニコンの時代は終わるかも、これからはパソコンの時代だ!」と。

それからしばらくして、たまたま「BYTE」というコンピューター雑誌に、米国の小さなベンチャーが8ビットのパソコンとIBMのメインフレームを接続する企業向けの通信ソフトを商品化したというニュースが掲載されていたのを見つけた。私はこの記事を読んだとき、思わず「これだ!」と叫んだ。もうすぐパソコンの時代がやってくるかも知れないと思っていた矢先に、そのパソコン向けに、IBMの通信テクノロジーを使ってメインフレームと接続できるソフトパッケージをベンチャーが作ってしまったからだ。

そのとき「こんなソフトだったら、もしかして自分が持っている通信テクノロジーで作れるかも。そんなには難しくはない。」と思った瞬間に私の中に2度目のスイッチが入った。自分で同じようなソフトを作ってみたいと心から駆られた瞬間だ。

折しもその頃、私はソフト開発の合間にインテル8080/8088やモトローラMC6800マイクロプロセッサ向けの米国製シミュレーション・パッケージの販売も任されていた。このシミュレーション・パッケージというのは、例えば、DECのミニコン上で8080や6800のプログラム・オブジェクトを疑似的に実行させてプログラムのバグを見つけ出す開発ツールの様なものだ。1パッケージ100万円以上もするというとんでもなく高価なソフトだった。営業にはあまり興味がなかったが、しかしこのソフトはよく売れた。と同時にこの営業経験が、後々、インターコム創立後に必要となる販路作りに大きく役立ってくれた。

後でわかったことだが、シミュレーション・パッケージの導入先ユーザーの多くはコンピューターメーカーであり、窓口のほとんどの担当がパソコン事業部に属していてパソコンソフトの開発に携わっていたことだ。この人脈ルートこそが、後々、インターコムで開発した通信ソフトの大きな売り込み先となってくれたのは言うまでもない。

こうしてたくさんの「運」に恵まれて、しかも時代もタイミングよくミニコンからパソコンに大きく転換、そして様々な新しいテクノロジーや情報、人脈や販路までもが面白いように手に入った。これまで“もやもや”していたいくつかの「点」と「点」が1本の「線」で結びついて、それが導火線となり、自分の中で一気に爆発が起り始めてきた。

これだけ「運」が舞い込んだら何も悩むことはない。
この会社を辞めて自分が本当にやりたいことをやれるチャンスが来た。
と思いつつも、クールに考えて後先構わずアクションを起こすのは、本当はリスクではないか? しかし、大きな夢の実現ができるチャンスは、長い人生の中でもそう滅多にはないはず。と、さんざん悩みを思い巡らし、それでも結局は、難しくても自分の気持ちに正直に行動しよう。悩むなら行動すべきだ。という結論に達した。

それが私にとっての「いつやるか? 今でしょ!」となった。
以上が私の人生の中で大きな転機となったインターコムを創業するまでのストーリーだ。

2014年こそ、「いつやるか? 今でしょ!」の年にしましょう。

▼関連リンク
コンピュータ博物館

株式会社インターコム
代表取締役社長 高橋 啓介


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