【コラム】『ロマンとそろばん』~ソフト会社CEOの独り言~

第28回 ビジネスは市場が創る 2016年2月17日配信

市場が先か、商品が先か?
何年経っても溝が埋まらないこの言葉……。

パッケージソフトウェアの開発を生業にしていると、いつも決まってこの議論が頭をもたげてくる。

新しい商品を投入する際、市場が熟してからリリースした方がいいのか、自ら市場を開拓し先手必勝で商品をリリースしてしまう方がいいのか、意見が分かれるところである。

「鶏が先か、卵が先か?」の堂々巡りである。

個人的には、少々市場が熟していなくてもまずは商品を開発してしまい、「エイヤー」で、とりあえずでも一歩を踏み出す方が好みである。そのことが少々勇み足であっても、自身のインスピレーションや第五感を信じてビジネスを進める方がエキサイティングだし、またその方がワクワク感もあって楽しい。

これまでもこのようなやり方でヒット商品を生み出した経験もある。ただ、こうした安易な考えは失敗するケースも結構多い。

当たり前のことだが、どんな企業でもまずは売上と利益が優先される。常に十二分なマーケティングや競合商品との比較検討などを行い、その後でベストなタイミングを見計らい新商品の投入をするのが当たり前だ。

成功するより失敗しないことの方が至上命題な場合もある。開発期間が長い商品であれば尚更だ。

そこへ行くと、自分のこれまでやってきた商品開発や販売戦略への関わり方は、とても稚拙でまったく理にかなっていない。すべてが安直で、しかも単純だ。特に起業してから10年ぐらいの間は、目先の商品を一刻も早く市場に出すことばかりに目が奪われ、利益やコストは二の次だった。

画期的な商品なら、結果は必ず後からついてくると信じて開発に望んでいた。しかし今思えば、当社が今日まで無事にやってこられたのは、単に運が良かったからであろう。

1997年に、当社ではパソコンを使った国内初のインターネット・テレビ電話ソフト「まいと~く LivePhone」という商品を発表した。このモダンなソフトを作ったのは、当社の100%子会社だった台湾インターコムの若手エンジニア達である。

世界標準規格「H.324」プロトコルのビデオ・オーディオ・コーデックを業界に先駆けて採用した、当時では最先端のパッケージソフトだったと思っている。NTTからISDN回線を使ったテレビ電話機「フェニックス」がリリースされたのが1999年なので、「まいと~く LivePhone」はそれより2年も早く商品化している。

私はこのソフトをかなり気に入り、実証実験も兼ねてインターネット経由で、当時米国へ留学していた息子との連絡用に使っていた。国際電話の料金を安くできるので、このソフトはとても重宝した。また、同時にパソコンの画面を通して、息子の元気な顔を見ながら会話できるのは、当時としてはかなり先進的な感じもした。

しかし、そのころのインターネットといえば、今日使っている高速LANやWi-Fiネットワークと違って、使える回線は一般の公衆電話回線しかなかった。最大でも9600bpsという、今のインターネットからはおおよそ比べものにならないような超低速のスピードだった。

また、パソコンのCPUやハードスペックもOSも低い能力しか持ち合わせていなかった。インターネットを接続した途端、通信の遅延が起こり、画面は「カクカク」、音声は幾度となく途切れた。

当時はそうした劣悪な環境でしか使えなかったものの、私はこの革新的なインターネット・テレビ電話の魅力に取り憑かれ、ワクワクしながら毎日のように使い続けていた。

あるときは自分の車にソニーのVAIOを持ち込み、携帯電話でつなげて、車の中から会社や台湾の友人達とテレビ電話をしたこともあった。使い勝手には毎度苦労したが、今自分が国内で最も進んだ最新のテレビ電話ソフトを使っていることに興奮し、優越感に浸りながら楽しんでいた。このソフトは自分の中では最高にホットなITツールだった。

「まいと~く LivePhone」は年々改良を重ね、機能が向上していった。1999年に日本市場へ本ソフトを本格的に投入するにあたり、手始めとして幕張メッセで開催された日経BP主催の「World PC Expo」で2階建ての大型のブース(たぶん12小間はあったと思う)を設け、大々的にお披露目をした。展示会のおかげで、大勢の観客の目に触れてもらうことができた。

自分の勝手な妄想であったが、このソフトは国内初のインターネット・テレビ電話ソフトであり、それなりに市場に強烈なインパクトを与えられる商品になると自負していた。

しかし、先述したように「まいと~く LivePhone」は超低速の公衆電話回線網でしか使えなかったため、実用レベルにはまだ程遠い未完成商品であることを雑誌などで叩かれてしまった。また商品として発売したパッケージもほとんど売れず、会社の倉庫に手つかずのまま山と積まれる結果になった。

その後、バージョンアップを重ね、インターネットのインフラやパソコンの性能も徐々に高速になっていったが、結果としてこのソフトは日本市場ではまったく日の目を見ることなくビジネスに終止符を打つことになった。

そのとき強く思い知らされたのは、いくら自分の中で自慢できる革新的な商品であったとしても、通信回線の速度やOS、パソコンのスペックなども含め、こうしたソフトを使うための環境が整備されていない状況下では「無用の長物」にほかならない。

商品の開発や投入は、時期が早すぎてもダメだし遅すぎもダメだ。インフラなどが十分整備され、ニーズも高まり万全のタイミングでユーザーの手に届けられなければビジネスを成功に導くことは不可能であると。

ビジネスは市場が創っていることを、身をもって体験させられた一例である。

株式会社インターコム
代表取締役会長 CEO 高橋 啓介


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