【コラム】『ロマンとそろばん』~ソフト会社CEOの独り言~

第51回 ホワイト企業 2018年1月24日配信

今、私を悩ませているのが若手社員の雇用である。新卒も中途もままならない。本当に難しい時代だ。

近年、ネットを中心に「ホワイト企業」の記事をよく目にする。私がこの言葉を知ったのはほんの1~2年前のことだが、6年前に入社した社員に聞くと、すでに大学時代から知っていたとのことである。

この言葉は「ブラック企業」に対する反意語で使われているらしいが、ウィキペディアには、就職活動を行うに際して、入社後に福利厚生が整っていることや離職率が低いことから入社するのが好ましいとされている企業、との記述があった。その反対の「ブラック企業」は、社員への待遇が酷い企業という意味で使われている。

こうした状況を見透かしたように、最近、多くの就活サイトが、こぞって、就職や転職を目指すなら「ホワイト企業」を選ぶべきと煽り立てている。確かに、残業が少ない、休日が多い、給料も高いなど、高条件の方が安定して魅力だろう。

しかし、せっかくこれから未来に向かって様々な体験や面白いことに挑戦できる仕事を、本当に待遇面や環境面だけで決め付けてしまうのは良いものだろうかと、このごろの就活サイトの方向性にいささか違和感を覚える。

仕事には厳しいこともあるが楽しいこともたくさんある。
あのHONDAの本田宗一郎氏の言葉を借りるなら、「人生は結局、何回感激できたかということで値打ちが決まる」の名言通り、給料が良いとか福利厚生などが整っているということだけでなく、まず優先すべきは生き甲斐を感じられるようなモチベーションが持てる会社を選択することこそ最良の道だと思うのだが、いかがだろうか……。

今更、自分の古い引き出しを開けるのは野暮かもしれないが、35年前にインターコムを創業した当時のことを思い浮かべると、こんなことが脳裏に浮かぶ。

前の会社で10年もの間、私は毎日ユーザーから依頼された特注ソフトの開発に明け暮れていた。自身の未来など何も見い出せないまま、ただ漫然と家族を養うためだけに働いていたと言っても過言ではない。ひと月の半分以上はユーザーのところに出張、朝から晩まで与えられた仕事に没頭した。

当時、私の役職は課長で給料やボーナスにそれほど不満はなかった。しかし、残業・徹夜は毎日当たり前、出張手当てなどのオプションは皆無、休暇もまったく取れない、今で言うならまさにパーフェクトなブラック環境で働いていた。

当時はそれが当たり前で、またそのことに私自身も含め、誰一人として疑問を持つ者はいなかった。

ところがその後、自分でインターコムを創業して事業を始めるとそれまでの思いは一変した。

働き方は前の会社とほとんど変わらず朝から夜中まで働きずくめの毎日だった。有休や休日なども一切取ることなく、ひたすら自分達の商品の開発を終えることだけに集中した。

最悪だったのは給料やボーナスが1年近くもなかったことである。止むを得ずわずかな蓄えと奥方の「へそくり」を切り崩して生活費に充てる毎月だった。私に付いてきてくれた数人の社員も同じようなありさまである。給料は長い間未払いを続け、しかもあるとき払いの催促なし、健康保険への加入もなしという、とんでもなく過酷な条件で働いてもらっていた。

しかし、そんな愚劣でブラック企業以下の環境下にあっても、1年近く、誰一人として会社を辞めなかったのは、将来への夢のようなものを全員が共有していたからである。開発を完了させたら自分達の作品を世の中に送り出せるという大きなモチベーションと強いエネルギーを持ち併せていたからである。

苦しい毎日の先に、明るい光のようなものを感じていたからに他ならない。

開発が終ったら商品をどのように売り出そうか?
プロモーションをどうするのか?

夜中まで語り合ったことも度々あった。あるときは、うまくOEM(相手先ブランド)供給でもできたら、会社の近くにある赤坂のクラブを1軒1軒制覇するまで飲み明かそうと、辛い日々の中でもそんな楽しみを語り合った。当時はそうした充実感に満ち溢れていた。

昨年のこと、ある若い大学の准教授がテレビでこんな興味深い話をしていた。「ハーズバーグの二要因理論」から、人は、何かを達成することや他人から承認される、あるいは責任を任される、昇進できることなど、「動機付け要因」として成長への可能性が満たされると満足感を覚える。でもこれらが欠けていても不満足は覚えない。

一方で、給料が低い、評価制度が悪い、労働時間が長い、あるいは休日が少ないなどの労働条件や環境などの「衛生的要因」が満たされないと人は不満足を感じてしまう。でもこれらのことが満たされたとしても、仕事への満足感にはつながらない。

つまり、いくら給料が良くて休日をたくさん取れても、人間はこうしたことにすぐに慣れてしまい、再び欲求が増してしまうとのことである。

「ハーズバーグの二要因理論」は、社員にモチベーションを与えるためには、労働条件や環境の改善よりはむしろ、成長機会の開発を推し進めることの方が重要であろうと説いている。

私も、「仕事でのモチベーション」は何よりの幸福感であり、「ホワイト環境」は第1条件ではないと考えている。だからこそ、就活サイトなどを中心に「ホワイト企業」を推し進める昨今の風潮やベクトルには、いささか憤りを覚えてしまうのである。

それは方向が違うだろう、と……。

まだまだ雇用の悩みが解決しない今日このごろである。

株式会社インターコム
代表取締役会長 CEO 高橋 啓介


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